例言

1. 本研究は2010〜2013年度科学研究費補助金(基盤研究(C))により実施した成果を元に、その後、いわき短期大学学内個人研究費を使用して2015年度まで継続して行った成果の一部である。

2. 科学研究費補助金による研究課題名は、「縄文時代における生業復元のための基礎研究−魚類遺存体の同定を主として−」(JSPS科研費 22500978)であり、研究代表者は山崎京美(いわき短期大学幼児教育科教授)である。

3. 本研究の実施にあたっては、下記の方々に貴重なご教示と多大なご協力を賜った。ここに記して、厚くお礼申し上げる(敬称略、五十音順)。

 板垣豊、植田真、上野輝彌、 尾形比呂哉、 岡田美咲、 川村淳子、 北澤茂夫、 小宮孟、 坂本一男、 茂原信生、 高橋秀雄、 滝口真理菜、 内藤有美、 西川大貴、 水山昭宏、 宮下雄博、 山崎健、 国立科学博物館、
Arturo Morales-Muniz、 Eufrasia Rosello-Izquierdo、 Umberto Arbarella

 本書は、遺跡から出土する魚類遺体を同定する際に、参考となる手引きを作成したものである。描画対象とした部位は、顎の骨では主上顎骨・前上顎骨・歯骨・角関節骨、脊椎骨では第1・2・3脊椎骨である。図集は3部構成になっており、1部では顎の骨を、2部では脊椎骨を分類順に配置してある。また、3部では特定の科もしくは属の近縁種をページ単位でまとめている。なお、3部は「近縁種間の比較」とタイトルを付けたが、実際には1部や2部で掲載した図を同一科もしくは属単位に並べ替えたものであるため、最終的な同定を行うには必ず現生骨格標本と対比することが必要となる。


1.はじめに

 動物考古学においては骨から発信される考古学情報は、日本列島に形成された生業や環境との関わりを解き明かす実証資料としてきわめて重要である。しかし、骨の形態を探る第一歩として重要な種の同定に関する研究は、日本の動物考古学ではそれほど発達していない。動物考古学の推進を図るためには、入門書を含めた多様な手引書が必要である。

 そこで、本書では遺跡から多く出土する魚類を対象として、ばらばらになって出土する遺跡骨を同定しやすいように、一つの骨を多方面から観察できるアトラスの作成を行った。

2.研究の目的

 先史時代の生業形態がその地域の歴史や文化・自然環境の形成にどのような影響を与えたかというテーマは、考古学が取り組むべき研究テーマの一つといえる。しかし、酸性土壌が卓越する日本では、先史時代の生業活動の直接的証拠である動物遺存体は貝塚や洞窟遺跡など限られた遺跡だけにしか残存しない。このような環境要因が、日本における動物遺存体研究の立ち遅れの原因となっている。その一方で、篩別サンプリング法の技術向上に伴って、魚類を主とした微小遺存体が多く採取されるようになってきている。しかし、動物考古学者の数が限られているため、多くの遺存体が採取されても時間的物理的理由から全部を分析対象とできないのが現状である。したがって、研究を進展させるためには、微細遺存体の主体を占める魚類遺存体の同定において、研究従事者の負担を少しでも軽減することが急務であると考えられる。こういった同定に関わる動物考古学の課題については、従来から多くの動物考古学者によって指摘され(小宮 1980、西本 1991、樋泉 1996、山崎京・上野 2004など)、機関レベルや個人レベルで骨格標本や骨格図を作製・整備する努力が続いてきた。たとえば、比較用現生骨格標本の整備に関しては、これまで日本では系統的に収蔵する研究機関はきわめて少なかったが、現在では奈良国立文化財研究所を中心に、魚類骨格標本の組織的管理や目録作成が推進されている(山崎健・松井 2012、山崎健 2015)。また、考古学者が利用可能な骨格アトラスも、『考古学と動物学』(西本豊弘・松井章編 同成社 1999)や『動物考古学』(松井章 京都大学学術出版会 2008)、『動物考古学』第2・5号(樋泉 1994・1995)、『硬骨魚類の顎と歯』(山崎京美・上野輝彌 2008)などの概説書や骨格図譜が整備されるようになってきた。しかし、遺跡から出土する魚類遺体の同定には、破壊部分が多いという資料の特性を踏まえた骨格図が必要なことから、冊子(山崎 2016)とデータベースの2本立てでアトラスを作成することにした。

 本研究の基本的な構想および魚種の選定にあたっては、小宮孟氏(慶応大学)のご教示によるところが大きい。また、現生魚類標本の収集・作製に際しては、上野輝彌博士(国立科学博物館名誉研究員)と坂本一男博士(おさかな普及センター資料館)、宮下雄博博士(関西大倉高等学校)から専門的知識や標本収集において有益なご教示や多大のご協力を賜った。また、尾形比呂哉氏には標本収集および作製に多大のご協力を賜った。描画においては滝口真理菜氏(横浜美術大学)、画像データベース作成においては水山昭宏氏(日本考古学協会会員)・植田真氏((株)パスコ)に大変お世話になった。研究当初は、遺跡から高頻度で検出される分類群を対象に近縁種間の差異を検討し、種の査定が可能なキーを探ることも計画したが、科研費の最終成果報告では扱った種数も少なく実現できなかった。その後、いわき短期大学学内個人研究費を使用して種数を増加することを行ったが、骨格標本を複数個体観察して近縁種間の比較検討を行うまでは到達できなかった。以上の方々のご教示・ご協力に心からお礼申し上げるとともに、計画変更と成果の蓄積・公表が遅れたことに深くお詫びを申し上げる。

3.資料と方法

(1)資料について

 本研究で研究対象としたのは遺跡からよく発見される魚種であり、具体的には本州の沿岸貝塚で最も出現頻度の高い魚、本州の内陸貝塚で最も出現頻度の高い魚、貝塚産魚類として周知性の高い魚、縄文人の主要漁場と推定される淡水域と汽水域で出現頻度が高く動物考古学的に重要と思われる魚である。上述の1に沿って、収集する現生魚類標本のリストアップは縄文時代の貝塚が多く、かつ精緻な調査研究が進展している関東地方を念頭に選定した。また対象とする魚種は、貝塚から出土する頻度の高い、もしくは同定できていないが出土が予想される魚であり、本州の沿岸貝塚で最も出現頻度の高い魚(アジ・イワシ類、サヨリ類)、本州の内陸貝塚で最も出現頻度の高い魚(ハゼ科、コイ科、ウナギ類)、貝塚産魚類として周知性の高い魚(スズキ、タイ科、フグ科)、縄文人の主要漁場と推定される淡水域と汽水域で出現頻度が高く、動物考古学的に重要と思われる魚(シマイサキ科、カレイ科など)である。現生標本の収集にあたっては、魚類学者の上野輝彌・坂本一男両博士に専門的見地からご教示を得ながら、2011年の1年間をかけて行った。入手先は主に東京都築地市場であるが、小型淡水魚については都内熱帯魚店(リオ)から購入し、コイ科については釣り愛好者の板垣豊氏から入手した。このような手続きを経て収集できた標本数は28科(71種)で合計100個体である。

(2)骨格標本の作製および描画方法

 骨格標本を作製する際には、まず『日本産魚類検索 全種の同定 第三版』(中坊徹次編 東海大学出版会 2013)および『日本産魚類大図鑑』(益田一ほか 東海大学出版会 1984)を用いて検索し、種を同定した。そして、体長(全長)、体重、背鰭棘数、臀鰭棘数などを計測、計数した。あわせて、標本の写真撮影も行った。次に、骨格標本の作製にあたっては、一部では除肉後に漂白剤を使用して脱脂する方法も行ったが、大半は魚体を蒸し器で蒸した後に除肉し、脂肪分解能力の高い台所用液体洗剤に液浸して脱脂・洗浄を繰り返す方法で行った。脱脂できた標本は乾燥による変形を生じさせないように、暗所で自然乾燥させた。骨格標本の作製が終了した個体は77個体である。

 次に、骨格図用に描画の対象とする部位は、考古学資料の同定にもっとも有効である顎骨(前上顎骨、主上顎骨、歯骨、角関節骨)と、脊椎骨のうち第1番目から3番目を選んだ。当初はすべての個体の第1・2尾椎や淡水魚の咽頭骨も描画候補としたが、研究期間内には実行することができなかった。各部位で描画対象としたのは原則として左側であり、前上顎骨・歯骨では側面観・内側面観・歯列面観を、主上顎骨・角関節骨では側面観・内側面観を、脊椎骨では背面観・側面観・腹面観・前面観・後面観を、また種によって特徴がある面に関しては適当な面を追加して行った。図はデジタル画像とするため、デジタルカメラ(RICHO GXR,P10 28-300mm)で写真撮影した。撮影では、目視によって水平位置および垂直位置を定め、状況によっては粘土で固定して行った。撮影画像は液晶ペンタブレット(Cintiq 12WX)に取り込み、画像編集・加工ソフトウェア(Photoshop CS5 V.12.0)を用いて線画化した。なお、この作業は骨の表現に高い描写力が必要なことから、当初は当時、横浜美術大学の在学生であった滝口真里菜・西山大貴・内藤有美・岡田美咲各氏に依頼したが、その後は表現法を統一するため滝口真理菜氏に依頼して行った。

 このような手順で得た骨格図は、顎骨が全部で26種319面観であり、これら以外のクジメ、マダイ(前上顎骨・歯骨)、クロダイ(前上顎骨・歯骨)、シロサバフグ、クサフグについては山崎・上野(2008)から引用した(表1)。脊椎骨は全部で24種445面観である。描画の完了した画像は同定者がパソコン上でも検索できるように画像データベースも作成し、公開した(ホームページ名:遺跡から出土する魚骨同定のためにアトラス・データベース(http://fba.matrix.jp/about.htm))。

 本書に収載した図は3部構成になっており、第1部では顎の骨を、第2部では脊椎骨を分類順に配置してある。また、第3部では特定の科もしくは属の近縁種をページ単位でまとめている。ただし、第3部のタイトルは「近縁種間の比較」と付けたが、実際には1部や2部で掲載した図を同一科もしくは属単位に並べ替えたものであり、骨格標本を複数個体観察し比較検討した結果とはなっていない。図から見える違いは、種差を示す以外に、描画用の写真を撮影した際に水平位置を統一していなかったことによる差異もあるので、最終的な同定を行うためには必ず現生骨格標本と対比することが必要となる。

4.まとめ

 今回の研究では遺跡から多く出土する魚類を対象に、一部位につき複数方向から観察できるような骨格図の作成を目指した。今回、取り上げることができた種数は30 種であり、近縁種を比較できたのは属ではアイナメ属、スズキ属、サバ属、科ではカサゴ科、タイ科、カレイ科、フグ科であったため、遺跡出土の魚類を同定するには到底不十分である。今後、継続して更新作業を行っていきたい。

 ところで、本研究中にスペインのArturo Morales-Muniz博士(The Universidad Autonoma de Madrid)を介してEufrasia Rosello-Izquierdo博士(The Universidad Autonoma de Madrid)の“Contribucion al atlas osteologico de los teleosteos Ibericos 1. Dentario y articular”(1988)と筆者らが作成した『硬骨魚類の顎と歯』(2008)を交換するという機会に恵まれた。Rosello-Izquierdo博士の文献はスペイン語であるため一部しか翻訳できていないが、すでに1980年代に15目40科96種144個体の歯骨と角関節骨を対象に、形態的・骨計測学的分類や定量・定性分析を用いた同定法に関する優れた研究が行われていたことがわかった。一方、インターネットで検索すると、海外の動物考古学や魚類学の同定に関するデータベースは下記にあるように質の高い充実したデータベースが多く公開されている。日本においては、哺乳類のデータベースは公開されているが(哺乳類頭蓋の画像データベース(獨協医科大学解剖学マクロ講座、http://1kai.dokkyomed.ac.jp/mammal/jp/mammal.html)、3D Bone Atlas Database(奈良文化財研究所、下記参照))、管見では魚類に関しては本研究が最初と思われる。まだ試験運用に留まっているが、日本動物考古学の基礎研究の一端を担えるように、海外の事例を参考にしながらより有効なデータベースを構築していきたいと考えている。最後に、本研究が東日本大震災や熊本・大分地震など災害の復興にともなう調査研究にとっても役立つものになれば幸いである。


引用文献

◎動物考古学に有益なオンライン検索に関する情報について

1.Zooarchaeology Laboratory - Useful Links and Resources(Online Resources) (https://www.sheffield.ac.uk/archaeology/research/zooarchaeology-lab/web-links) by Department of Archaeology, The University of sheffield.

◎上記1から抽出した魚類のデータベース情報

1. Fishbone : Archaeological Fish Resource (http://fishbone.nottingham.ac.uk) by Department of Archaeology, The University of Nottingham.

2. Fish Remains (http://hbs.bishopmuseum.org/frc/about.html) by The Bernice Pauahi Bishop Museum Hawaii biological survey.

3. Bioarchiv (http://www.bioarchiv.de/index.html) by Von Busekist, Jorg.

4. NABONE (http://www.nabohome.org/products/manuals/fishbone/fish/fish.html) by North Atlantic Biocultural Organization Zooarchaeology Working Group.

5. OSTEO (http://www.wahre-staerke.com/osteo/) by Madelaine Bohme.

6. OsteoBase (http://osteobase.mnhn.fr/index.php?lang=en) by Museum national d'Histoire naturelle.

7. Pictorial Skeletal Atlas of Fishes (http://www.flmnh.ufl.edu/fishatlas/default.html) by Environmental Archaeology at the Florida Museum of Natural History.

8. Archaeological fish-bone images (http://fish.library.usyd.edu.au/index.jsp?page=home) by The University of Sydney.

9. Zooarchaeology at Portland State University (http://web.pdx.edu/~virginia/psuzooarch.htm) by Virginia L. Butler.

◎日本における骨格標本データベース

1.哺乳類頭蓋の画像データベース(獨協医科大学解剖学マクロ講座、http://1kai.dokkyomed.ac.jp/mammal/jp/mammal.html

2. 3D Bone Atlas Database (https://www.nabunken.go.jp/research/environmental/gaiyo.html) by 奈良文化財研究所

3. 遺跡から出土する魚骨同定のためのアトラス・データベース (http://fba.matrix.jp/about.htm) by 山崎京美

◎日本産現生魚類に関するデータベースについて

1. 標本・資料データベース (http://www.kahaku.go.jp/research/specimen/index.html) by 国立科学博物館(魚種や文献の検索ができるデータベースが掲載されている)



Web公開について

 「アトラス・データベース」を公開するに際しては、冊子(山崎 2016)の内容をそのまま掲載したが、印刷後に発見された誤りがあったので、ここで訂正してお詫びする。
 また、Web公開に伴い、冊子の内容に新規追加した箇所もあるので、ここで追記する。

A:山崎(2016)の正誤表

該当ページ該当箇所
7〜113第1部〜3部に掲載した図のスケール(2cm表示としたもの)2cm1cm
19Fig.12の引用図(3箇所の引用部分)山崎・上野(2008)Fig.122より引用山崎・上野(2008)Fig.125より引用
53Fig.44の注記部分V1椎体V2
53Fig.44の図のスケール5mm1cm
101Fig.91の右上の図キャプション歯骨前上顎骨
105Fig.95のクサフグ主上顎骨山崎・上野(2008)より引用

B:Web公開に伴い、冊子の掲載内容に新規追加した箇所


Web design by Akihiro Mizuyama